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このページは「結城モイラのホームページ」を制作・運営する
「スタジオM&J」から見た結城モイラさんを紹介するサイトです。
モイラさん自身からは語られないであろう隠れた面白い逸話も多く、
モイラさんファンにとっては大変興味あるページになると思います。

また、ホームページ制作のウラ話や制作サイドからのお知らせも適宜
掲載しますので、ホームページの日々の進化を
より身近に感じていただけると思います。
ご期待ください。

Inside Report #016 ------------------------------------------------------

モイラさんの占いの癒やしの原点は…

モイラさんのファンの方の年齢層は実に幅広い。小学生から70代の方までおいでになり、中には親子でファンという方も珍しくない。どうしてこうも幅広い年齢層のファンがいらっしゃるのかと言えば、一つには30年以上の長いキャリアがあることだが、もう一つ注目すべきは小学館、学研、ベネッセといった小学生を対象とした学習誌に何十年にもわたって占いの原稿を提供してきたことだ。当時小学生だった方が現在では40代になられて、お子様のある方も多いはず。ベネッセは現在も学習誌を出しており、ここでもモイラさんは占いの原稿を毎月提供しているので、現役の小学生のファンが現在も存在する訳だ。

では、どうして小学生を対象とした占いの仕事が長年にわたってモイラさんに集中してきたのだろうか? この答えはある編集者の次の言葉に象徴される。「モイラさんにお願いすると安心なんですよ」「どうして安心なんですか?」「モイラさんは実に気を遣って書いてくださるから、クレームもないし、みんな元気になってくれるんですよ」…そう言えば、モイラさんがこんなことを言っていたことがある。「子供用の占い原稿の方が、大人向けより難しいですよ。ちょっとした言葉で傷ついちゃいますからね。子供の気持ちはナイーブですかね。」

なるほど…、モイラさんの占いには「救いがある」「癒やされる」「元気がもらえる」とよく言われるが、それはモイラさんの人間性の反映に違いないが、加えて長年にわたって執筆してきた学年誌の経験が生かされているに違いない。「また勝手に分析して!」とモイラさんに叱られそうだが、「結城モイラ研究」は今後も続けるぞ!

Inside Report #015 ------------------------------------------------------

モイラさん、お疲れ様でした。

このホームページがスタートしたのは2003年12月1日です。最初に始まったのは「モイラの日記」。次に始まったのが「今月の運勢」。2004年1月9日のアップでした。そして翌日の1月10日からは「モイラの愛の手相講座」がスタートしました。その一週間後の1月16日には「西洋のお守り」のページが新設されました。さらに翌月の19日には2004年2月20日の「今日の運勢」がスタート。ついに日運の掲載に手をつけてしましました。始めたら最後、土曜も日曜も祝日もなく365日休むことができないことは初めからわかっていました。それがなんと3,350日間、一日の休みもなく2013年4月30日までつづけてこられました。仕事が重なる徹夜続きの日も、仕事やプライベートの旅行の最中も、風邪などの高熱の日も、モイラさんは「日運」をおろそかにしませんでした。

星座の動き、自然現象、政治経済、社会情勢などを見つめながら、各星座の方の運勢を占い、それをどう文章で表現し、読者の方々へ伝えていくかにモイラさんは全神経を注いでいたようです。送られてくる原稿が再三修正されることもしばしば。修正箇所を見ると、ネガティブな言葉はポジティブな言葉に置き換えられていました。「そうか、モイラさんはどのような運勢の中でもポジティブに生きられますよと読者に伝えたいのだな」と納得しました。真摯に、誠実に、変わることのないモイラさんの姿勢には今更ながら敬服です。

しかし、生身の人間、いつまでもハードワークを続けることは無理です。「10年間は…」というモイラさんの目標はあったようですが、3,350日間(9年間と65日)も貫徹できたのですから、誰も文句は言えません。どうぞ今までのハードワークから解放されて、英気を十分に養ってください。この「結城モイラのホームページ」はこれからも閉じることはありませんので、余力ができたらまた何か読者の方々へ新たなメッセージを発信してください。「読者のページ」でもお分かりのとおり、ほとんどの読者の方々の「想い」はひとつのようです。バックオフィスであるM&Jとしても、同じ「想い」ですので、これからもできるだけのことをしてゆきたいと思います。

Inside Report #014 ------------------------------------------------------

25年前のモイラさん、見つけた!

先日モイラさんからギリシャ神話関係の分厚い書籍を数冊お借りしたら、その中の一冊に四つ折りになった紙がはさんであった。いくらか紙も黄ばんで、だいぶ以前のものと察しがつくが、もしやヒミツの恋文でもとゲスな勘ぐりを頭に描きながら、そっと開いてみた。すると、その紙は「夕刊フジ」昭和57年2月15日号の全ページ記事のコピーだった。なんとモイラさんが愛犬バンビを抱いた写真が大きく載っているではないか。昭和57年と言えば、エ〜ト、エ〜ト、いまから25年前の記事。モイラさんも今のモイラさんとは違い、髪もロング。顔も初々しさが感じられる(今がどうのとは言っていない)。記事に目を通してみると、もうこのころにはモイラさんは「週刊少女コミック」、「小学六年生」、「レモン」、「蛍雪時代」、「日刊スポーツ」など10数誌(紙)に連載を持つ超売れっ子占い執筆家として活躍していた様子。当時の中高生のあこがれのお姉さんといった存在とも紹介されている。なるほど、その頃のファンの方々が今もなおモイラさんのファンであり、その方々のお子さんがまた小学館やベネッセの学年誌を通してファンとなっているという、モイラさんならではの「親子二代ファン」という珍しい構図が出来上がっている。でも、記事は、「あなたは、狐狸庵(こりあん)さん、遠藤周作じいさんの恋人ですか?」という質問からはじまっている。このInside Reportでもたびたび取り上げてきた遠藤周作氏との関係は、新聞記者の間でも当時からつとに有名であったことがうかがえる。

ま、何はともあれ、大発見の25年前の「夕刊フジ」をご覧あれ。 詳細は ⇒ こちら

Inside Report #013 ------------------------------------------------------

10日が「One Heart」の日というヒミツ

従来のモイラジュエリーとはちょっとテイストの異なったジュエリーを販売するインターネット上のショップ「One Heart」だが、毎月10日がOne Heartの日だという。どういう日かと言えば、新作を発表する日であったり、何か楽しいキャンペーンなどの発表の日ということだ。ところが、洩れ聞こえるところでは、こんなエピソードがあるようだ。

「10」という数字をよくご覧いただきたい。「」と書き換えることも可能。「1=One」であるから、「ワンハート」は「10」そのものなのだ。だから「One Heart」のお店は毎月10日の日を記念日として、この日を大切にしていこうとしている。

ところが話はまだ終わらない。というのは、そもそもこの「One Heart」なる新しいブランドが生まれた経緯は、モイラさんが結婚し、その際に特注の結婚指輪を作った、そのコンセプトが「ワン・ハート」であったことを思い出していただきたい。しかも、2006年10月10日がモイラさんの結婚記念日なのである。オチは「ごちそうさん」ということだが、なかなか面白いストーリーを隠しもった「One Heart」の記念日なのだ。

ちなみに、「ワン・ハート」というブランド名も、毎月10日を「One Heart」の日とすることもモイラさん自身の発案だという。恐れ入りました!

Inside Report #012 ------------------------------------------------------

モイラさんと詩歌

ある日、東京から70キロほど離れた地方のホテルのイベントに参加するため、こちらモイラさんを車でお連れすることになった。その日は穏やかな日本晴れであった。朝日はまぶしいほどに降り注ぎ、高速道路から見渡す山々は輝くばかりであった。こうなると、仕事というより車内は行楽の気分。と、モイラさん、「お猿のかご屋はホイサッサ……」となにやら懐かしい童謡を歌いはじめた。こうなると止まらない。モイラさん、次々と童謡を披露。しかし、どうしてこんなにもたくさんの童謡を諳んじているのだろう。「モイラさん、どうしてそんなに童謡、知ってるんですか?」「子供のころ童謡のレコードをたくさん聴いていたせいね」「へー」こちらそれ以上の言葉はない。「童謡クイズみたいのがあれば、私、自信があるんです」「へー」「ほとんど三番までの歌詞、憶えてますよ」「へー」それから、約1時間、モイラさん次々と三番までの歌詞を正確に歌って聴かせてくれた。

そのとき以来、「モイラさんは童謡が好きなんだ」という記憶がこちらの脳裏にインプットされた。そして最近、仕事の打ち合わせをしていると、話がいつの間にか詩歌に及んだ。そこでまた、こちら舌をまかれる羽目となった。モイラさん、藤村、光太郎、白秋といった詩人たちの詩歌をことごとく諳んじているのだ。「ここのところがいいでしょ?」「はい」「藤村はこういう思いだったのではないかしら」「はい」「白秋にはこんな詩もあるのよ」「はい」こちら、ただただ受け身。

なるほど、モイラさんの文章がいわゆる「モイラ調」と言われ、心地よいリズムと旋律が感じられるのは、モイラさんが子供のころから親しんだ童謡や、藤村、白秋をはじめとした詩歌に内包されたリズムと旋律が生きているに他ならない。近年、「声にして読みたい日本文学」が提唱され、そうした啓蒙活動が行われるようになったが、文章というものは一朝一夕にそなわるものではなく、言葉の吸収力が旺盛な子供のころがもっとも大切であることを、モイラさんのふとしたエピソードから痛感させられた。

Inside Report #011 ------------------------------------------------------

その1万円札、早くしまえ!

「#014」で遠藤周作氏とのエピソードを紹介したが、そのついでといっては何だが、もう一つ紹介しておきたい氏とモイラさんとの間に起こった事件がある。氏はご自分が命名した「結城モイラ」を一日もはやくひとかどの占い研究家に育てあげたいと願っていたのだろう。その日も、「今日はな、集まりがあるから、ついてこい」との命令。モイラさん、期待と不安を両手に、いそいそと先生のお供。行ってみると、そこには20人ほどの中年男女。出版社の編集者、ライター、サラリーマン、OLといった顔ぶれだ。宴の中盤で、氏はモイラさんを紹介。その場で、占いを披露せよとの命令。さあ、大変、まだ駆け出しのころのモイラさん、なんの準備もしていない、どうしたらよいか。それでも仕方ない、精一杯、何人かの人の手相を観て占った。

ところが、会が終わってから事件が起きた。「みんな、モイラの占いに感動していなかった!」---- 氏はそれだけ言うと、長い脚でどんどん先に歩いていってしまう。しまいには車が激しく行き交う赤信号の交差点も無視して渡ってしまう。モイラさん仰天しながらも先生を見失わないように後を追った。たどり着いたのは六本木の寿司屋さん。先生の怒りは収まるどころか、さらにエスカレート。「お前は、それじゃダメだ! もっと人を感動させるだけのものをみせなきゃ! お嬢様芸じゃ通用しないんだ!」--- 店に居合わせた他の客も固まるほどの剣幕だったという。モイラさん、下を向いてじっと耐えた。

それから1週間後、氏のところへ出入りしている編集者から、意外な話を聞く。「オレがあれだけ怒鳴っても泣かなかったやつははじめてだ。モイラは大丈夫だ。やっていけるぞ」と先生が言っていたというのだ。あの日以来、意気消沈していたモイラさん、その言葉に半信半疑ながらも、とりあえず先生の仕事部屋に。しかし、案の定、先生はほとんど口をきいてくれない。結局、なす術もなく、席を立とうとした瞬間、「おい、ちょっと待て、お小遣いだ」--- 先生が1万円札をにゅっと差し出した。「とっとけ、ほら!」 --- モイラさん、受け取ったはいいが、いただいていいものやら悪いものやら、戸惑った。「その1万円札、早くしまえ! オレが後悔するといけないから…」 モイラさんの顔に笑顔が戻った。それきり先生は後ろを向いたまま、また無言になった。「失礼します!」--- モイラさん、外へ出て、空を仰ぎながら、「よし、先生の期待に応えるよう頑張ろう」--- そう心に誓ったあのころのことを、モイラさんはときどき思い出して、今も励みにしているそうだ。

Inside Report #010 ------------------------------------------------------

うらめしや、モヤシ炒め

「結城モイラ」の名付け親が作家の故遠藤周作氏であることはすでによく知られているが、氏から最初に命名された名前は、実は「モイラ」のみであったそうだ。しかし、モイラさん、「モイラ」と聞いたとたん、あの蛾のお化けのような怪獣「モスラ」の映像が頭に浮かんできて、内心不安になった。ところが、そこへ助け船。祥伝社ノンブックから「西洋星座手相術」を出版することとなり、当時の編集長が「モイラだけじゃ、なんですね……名字があったほうが……」と。そこでモイラさん、いそいそと遠藤周作先生に事情を説明。「よし、わかった」……3日後に先生からの連絡。「結ぶに城だ、結城モイラ、いい名前だろ」……モイラさん、これで納得。晴れて最初の単行本から「結城モイラ」の名前でスタートできた。

このようにモイラさんがプロとして自立しはじめた初期のころは、遠藤周作先生が陰となり日向となり応援してくださった。したがって、遠藤周作先生には足を向けては寝れないほど恩を感じてはいる。しかし、数ある遠藤先生との思い出の中で、実は、いまでも悔しくてしょうがないことがある。その話、こちら、この数年間で3回も聞かされているので、その悔しさはモイラさんの頭のどこかに大きなカサブタのごとくしっかりとこびりつき、忘れがたき悪夢の記憶となっているのだろう。

その話とはこうだ。ある日、ある時、「きょうはご馳走してやるからな、何でも好きなものたのめ」と言われて、モイラさんニコニコ顔で先生のお供と相成った。当時、氏が仕事部屋にしていた代々木深町のマンションから歩いて15分ほどの原宿にある高級中華料理店が先生のお決まりの店だった。

席につくとまた、「何でも好きなものたのめ」とおっしゃる。お言葉に甘えて、モイラさん分厚いメニューと睨めっこ。すると、先生、やおらボーイさんを呼んで、「モヤシ炒め」という。それ以外に確か2品ほど注文したはずだが、今のモイラさんの記憶にはない。「モヤシ炒め」があまりに強烈に脳みそにインプットされたためだろうか。なにせ、駆け出しのころのモイラさんだから、「モヤシ炒め」であろうが、「ダイコン炒め」であろうが黙ってありがたくいただく以外なす術がなかった。しかし、そのパターンは一度ならず、2回、3回と同じように、「何でも好きなものたのめ」と言われながらお供をすると、結局、「モヤシ炒め」が注文されてしまったのだ。

当時、長者番付にも載る大作家であった遠藤周作氏が何もケチろうはずがない。かと言って、目に掛けているモイラさんに意地悪をするはずもない。ズバリそれは、そういう悪戯が大好きだった氏のかっこうの餌食になっていたのではないか。考えてみれば、ラーメン屋でもない名のある中華料理店、「モヤシ炒め」がメニューにあったのだろうか。ことさら「何でも好きなものたのめ」と言いながら、モイラさんがメニューに目をやると、すかさず、「モヤシ炒め」を注文するシナリオは、先生が店の主人と申し合わせた悪戯であった可能性が高い。

モイラさん曰く、「今だったら、メニューを見る前に、フカヒレの姿煮! アワビのクリーム煮! ペキンダック!と先手を打つのにね」…… 遠藤周作氏の小説の中には、「モイラ」という名の女性が何カ所かで登場するという。どうも小説の中の「モイラ」は、なかなかの勝ち気で御しにくい女性というイメージに描かれていると聞く。先生が命名した「モイラ」さんと、小説の中の「モイラ」とは関係があるやなしや、深読みは厳禁ではあるが、いつか時間があるときに読んでみたいものだ。

Inside Report #009 ------------------------------------------------------

モイラさんの優しさはどこからくるのか?

嫌がるモイラさんをやっと説得して生まれた「モイラの写真アルバム」。現在、4歳から8歳までの写真が掲載されている。あどけない天使のようはモイラさんの幼少期の様子が分かる。しかし、皮肉なことに、この「可愛さ」がその後のモイラさんを苦しめることとなった。

まだ世間のことも分からぬ小学生の時期に、級友から「外人!」と罵られたり、「敵国人!」などと謂われなきレッテルを貼られたりした。時には、あろうことか担任の女性教師までもがそれに荷担して、今でいう「いじめ」にさらされた。……「じっと我慢する」…… 子供のモイラさんが出来ることはこれだけだった。そして心に残ったものは「失意」、「人間不信」といった悲しみだった。

子供のころに受けたそうした心の傷は簡単には癒やされるものではない。いつも「用心する」という孤独感は10代においてもつきまとった。そして大学卒業後、社会に出、プロとしての占いの仕事につくや、今度は頭角をあらわしはじめたモイラさんを面白くないと思う人たちが、嫌がらせの電話をよこしたり、出版社への圧力をかけ始めた。

しかし、それでもモイラさんはくじけなかった。いわゆる「占い業界」というものとも一定の距離をおいて、自分の信じる道をひたすら歩み続けてきた。その歩みは、挫けそうになる自分自身との戦いでもあった。いつも微笑みをたやさないモイラさんの幸せそうな顔の奥には、実はそうした「悲しみ」と「苦しみ」が閉じこめられている。が、しかし、モイラさんはいつしかそれらを「愛」に変えた。「悲しみ」と「苦しみ」を乗り越えて、今では、自分を苦しめた人たちにさえに、限りない「愛」を与えようとしている。

このHPの「読者のページ」でもモイラさんは14歳の少女に次のようにアドバイスを送っている。……『私もあなたと同じ年齢のときにクラスメートから意地悪されて、ずいぶん辛い思いをしました。でも、私はそうした悩みを乗り越えて社会人になったとき、ティーンの頃の辛く苦しい経験が結局は自分のためになったのだということに気づいたのです。つまり、辛い経験によって知らず知らずのうちに、精神力が鍛えられていたのね。社会に出てから、もっと厳しい現実に遭遇することもあったのですが、その際にこの中高生の頃の経験が見事に役立って、私はひどく落ち込んだりすることもなく、困難を乗り越えることが出来たのです。そのとき初めて、意地悪をしたお友だちも含めて、全てのお友だちは私にとって宝物だと心から思えるようになりました。そう、人間にとって「何の意味も成さない」といった経験はないのです。だから、辛さをプラスのエネルギーに変えていきましょう。』

まさに、モイラさんの優しさの原点は「悲しみ」と「苦しみ」を乗り越えたところで生まれた「人間愛」そのものなのだ。したがって、モイラさんのメッセージやコメントをそうした目差しでいま一度読み返すと、その意味の深さがより一層理解できるのではないだろうか。

Inside Report #008 ------------------------------------------------------

これって心霊現象?

「ある霊能者の方のホームページに書いてあったのですが、その方のホームページでときどき画像が消えたりまた現れたりする現象があり、それは心霊現象という説明がありました。実はモイラさんのホームページでも同じようなことを経験したのですが、これって本当に心霊現象なのでしょうか?」----- 読者の方からの質問メール。

そのサイトでそのようなことが書いてあったのなら、それはそうなのかも知れませんが、少なくとも「結城モイラのホームページ」ではそのような心霊現象などまったく起こりません。

質問者の方がこのホームページでも同じような経験をされたというのは、たまたまホームページの更新時にアクセスされたのだと思います。なぜそのようなことが起こるのかと言えば、ホームページ更新の作業では最初にテキストデータをサーバーに送り込み、その次に画像データを送り込みます。テキストデータと画像データの送り込み時間のタイムラグは数分あります。したがって、この数分の間にたまたまアクセスした方は、画像が消えた画面を見ることとなります。でも数分後にもう一度そのページを開けば、ちゃんと画像が出ているはずです。

ですから、心霊現象などとはまったく関係のないホームページの更新作業の間隙に起こる偶然の出会いなのです。もしまたそのような現象に遭遇された時には、本ホームページの「更新履歴」の「更新時間」を確認してください。きっとその現象は更新時間と一致しているはずですよ。

PS:何回見ても×印がついた画像のないページというのもありますが、それは単純にホームページの制作者が画像をサーバーにアップロードし忘れているだけの話です。

Inside Report #007 ------------------------------------------------------

モイラさんと通販

書斎にこもって原稿に追われるモイラさんなので、通販はモイラさんのかっこうの気晴らしのようだ。その証拠に、モイラさんと話していると、「どこどこのスモークサーモンは最高よ」、「どこどこのプディンを食べると、今までのプディンは何だったかのかと思うの」、「なんとまあ、こんな面白いもの見つけたの」などと通販行脚の話は尽きない。

この日も、モイラさん、目を輝かせて「すご〜く面白いもの買っちゃいました」とはじまった。注文したばかりなので、物はまだ届いていないが、モイラさんの説明によると、ノズルのような突起部を耳の穴に差し込んでおけば、黙っていて耳の中を掃除してくれる電動器具とのこと。要は小型の掃除機のようなもので、耳クソ、いや失礼、耳アカ、いやこれまた失礼、ま、「耳のお粉」とでも言っておこうか、これを電動で吸い取ってくれる機械なのだ。

そして、一ヶ月後、「こないだ言ってらした耳の掃除機、どうでした?」----こちらふと思い出して、訊いてみた。「それがね〜、少しも吸ってくれないんですよ」「え? ダメなんですか?」「ダメってわけじゃないんですが、……ちょっとね」「ちょっとねって?」「吸い方がもっと強力ならいいのかも」 こちら、ちらっと悪戯ごころが頭をもたげて、「モイラさん、そんな強力だったら、鼓膜はもとより、脳みそだって吸い取られちゃいますよ」「ウワー! 止めて、止めて、止めてください! もう気持悪くなってきたわ」

こちら、もしかしてその機械、もらえるのではないかと助平ごころ。「ぼくだったら、なにか別のことに使えるかもしれませんね」「でも、使ってますから、大丈夫ですよ」「使ってますって?」モイラさん、ちょっと恥ずかしそうな目つきで、「あのね、耳のお掃除はいままでどおり、耳掻きでするんです。それをティッシュペーパーに乗せて、それを吸い取ってるのよ」「え?!」「じゃ、意味ないじゃないですか?」「いいんですよ、けっこう楽しいんですもの」---もう何をか言わんやである。今夜もきっと、その機械は見捨てられることなく、モイラさんの手近に鎮座ましまているに違いない。

Inside Report #006 ------------------------------------------------------

モイラさんと500円玉

「その500円玉くださらない?」 --- 打合せでお茶を飲んだときの支払のおつりを見たモイラさんの依頼だった。「かまいませんけど……」 --- こちらそう答えながらも、「お茶代払ったうえに、なんで500円あげなきゃいけないの……」こころの中で不満が湧き上がる。「じゃ、これで」モイラさんが1000円札を差し出した。こちらほっとして小銭入れからおつりを探す。「いえ、いいんです。おつりはいりませんよ」「あっ、そうか、スマートに自分のお茶代を払ってくれたというわけか」こちらそれで納得。

ところがまたある日、同様に「その500円玉くださいません?」とモイラさん。こんどはお茶代とは関係がなく、こちらの買い物のおつりを見たモイラさんの反応だった。100円玉5枚との交換かと思ったら、またしても「おつりはいりません」といって1000円札が差し出された。

と、こんなやりとりがその後も何回も続いた。500円玉が1000円札に化ける! こちらすっかり味をしめて、モイラさんの前では500円玉を何気なくちらつかせる習慣。しかし、なぜモイラさん、500円玉を欲しがるのか。もしや、500円玉のコレクター? だが、ありふれた500円玉……、こちらの疑問は膨らんだ。「モイラさん、どうして500円玉欲しいんですか?」モイラさんの目がヒミツっぽく光った。「あのね、ドラえもんちゃんが待ってるんですよ」 こちら、さっぱり分からない。「ドラえもんちゃんって?」「……ドラえもんの貯金箱があるんです」「ああ、貯金か……」こちら合点がいった。

いや、合点がいかない。貯金ならわざわざ500円玉を1000円札と交換するはずがない。モイラさんの経済観念が疑われる。そこで訊いてみた。「500円玉貯めてどうするんですか?」「それが私にも分からないの。ともかくドラえもんちゃんが待ってるのね」 --結局、その後も訊いてみたところ、モイラさんは、5、6年前に小学館のパーティーでもらったドラえもんの貯金箱をえらく気に入って、それには500円玉を入れてあげると決めたらしい。以来、モイラさんは、いわば「パブロフの○○」のように500円玉を目にすると、条件反射的に「欲しい!」という抑えがたい欲望に支配されているというのが結論?かな……。

と、こんな結末なのだが、モイラさんにはこのような面白い話がたくさんある。おいおいご紹介したい。ちなみに、前記のドラえもんの貯金箱は、耳をかじりとられる以前の黄色い姿で、パーティーの際の記念品(非売品)であり、マニアの間ではプレミアムもつく大変貴重な一品らしい。

Inside Report #005 ------------------------------------------------------

「癒し系」と言われるモイラ調文体

モイラさんの著書などいろいろ読まれている方は、すでにご存知でしょうが、モイラさんの文章にはどこかほっとさせられるところがある。読む人の気持を和ませてくれる温かさがある。それは、語られる内容もさることながら、独特な文体によるところが大きい。

「です」「ます」「である」調はものによっていろいろ使い分けられているが、共通するのは、一定の文章の流れの中で、時々、ぽっと入れられる「〜なのよね」とか「〜かしら」といった「語り言葉」である。この言葉の入れ具合が、ほど良く実に心地よい。いわば音楽的心地よさに通じるところがある。モイラさんの感性という以外ない。

では、そうした感性はどのようにして養われたのか。モイラさんから以前お聞きしたところを総合的に検証すると、まずは、幼少期における読書の習慣が原点にありそうだ。「小公子」、「小公女」、「家なき子」などの世界少年少女文学全集をむさぼるように読みふけっていたという。中学生時代からは夏目漱石に傾倒し、漱石との関連において他の文学作品も読むという、モイラさん独特の読書歴を持つ。カトリック系の光塩女子学院を経て白百合女子大学国文学科に入学し、同大学を卒業したのも文学への興味と情熱が終始衰えることなく持続していたからだと思える。ちなみに、同大学の卒論も夏目漱石で、「夢十夜の考察」であったという。

そして、20代での作家・故遠藤周作氏との出会い。ここで、氏のサポートもあって占い研究家の道に入る。以来、上梓した単行本はすでに60冊を超えている。占い、おまじない関係の書籍が中心となっているが、童話も3冊含まれる。また、通販雑誌紙上では、写真とのコラボレーションによるポエムも長らく執筆してきた。

したがって、モイラさんの現在の文章には、そうした長い歴史的バックグラウンドがあるとともに、人々に明るくハッピーに生きてもらいたいという強い願いが込められており、それが平易で優しさに充ちたモイラ調文体を生みだしているとみた。

インサイド・レポート#005は、少し硬い話になってしまったが、結城モイラを知るうえでは極めて重要な要素のひとつである。 

Inside Report #004 ------------------------------------------------------

また言ってしまった、理想論!

「インサイド・レポート#003」をアップロードした翌日、つまり12月14日、モイラさんからさっそく電話があった。「ごめんなさい、更新、けっこう大変なんですね。少しもわからなくて……」「いえ、その〜」「わたし、日記じゃなくて、エッセイにしましょうか、それなら更新毎日じゃなくてすみますよね」「いえ、あの〜」「そうしましょ、そうしましょうよ」

ちょっと、こちら間を置いて、「モイラさん、それはいけませんよ、せっかく始めた日記じゃないですか。更新と言ったって、作業はものの数分ですから、なんちゅうこともありません。大丈夫ですよ。ほら、継続は力なりですよ!」

おやおや、自分でない自分が突然口から飛び出してきて、勝手にしゃべってる。「更新はものの数分だなんて、企業秘密までしゃべったあげく、継続は力? おまえ、格好つけやがって!」こちら心の中で自分を叱る。なのにまた、自分じゃない自分が、「モイラさん、武士に二言はありませんよ。やると言ったらやりますから!」 あらあら、古い言葉なんぞ持ち出しちゃって、もうどうにも止まらない。

「ほんと? 大丈夫ですか?」モイラさんが心配そうに念を押した。「大丈夫ですよ!」----こちら完敗である。

Inside Report #003 ------------------------------------------------------

言わなきゃよかった、理想論!

このホームページがスタートする前日、つまり11月30日のこと、モイラさんから質問があった。「良いホームページにするには何が必要かしら?」「そうですね、何と言っても更新頻度が高いことが重要ですよ。変化のないホームページじゃ、見る人が飽きちゃいますからね」「じゃ、日記でも書こうかしら?」「それはいいアイデアですね、そうです、理想は毎日更新ですよ!」「はい、分かりました」---ざっと、こんな会話があった。

モイラさんから続けてこんな質問が---「旅行のときはどうしたらいいのかしら?」「ラップトップパソコンを持っていいかれれば、どこからでもメールでOKですし、ファックスって手もありますよ」「いいえ、そちらがご旅行のときは更新どうなさいますか?」「モイラさん、今やインターネット時代ですから、たとえ海外からでも更新は簡単にできるんですよ!」---こちらちょっと鼻の穴をふくらませて言った。

結果はお分かりのとおり、モイラさんからは、12月1日以来、「モイラの日記」は一日も欠かさず送られてくる。考えてみると、日記だから土日祝日はおろか、正月休みもお盆休みもないことに、はたと気付いた。更新作業を引き受けたこちらは、これからどういうことになるのか!? 海外からだって大丈夫と胸を張った手前、出張などという姑息な理由もたたない。

そこで、後日、ある期待を持って言ってみた。「モイラさん、日記と言っても、モイラさんのは『日記風エッセイ』ですから、毎日じゃなくてもいいかも知れません。第一、大変じゃないですか、お忙しいのに、無理をされなくても……」 これに対して、モイラさんからの返答は、こちらの期待に反し、「大丈夫ですよ、仕事の合間に楽しんで書いてますから」---なんで理想論など口走ってしまったのか! その瞬間から、「365」という数字が頭の中でピカピカと点滅している。

Inside Report #002 ------------------------------------------------------

モイラさんは、いつ眠っているのか?

「更新履歴」を見ればお分かりの通り、更新はほとんど真夜中に行われている。こちらは夜型なので、更新時間はなんの不思議もないのだが、モイラさんからの原稿はたいがい夜中の1時、2時にEメールで送られてくる。それをこちらの都合で3時、あるいは朝方の5時ごろに更新しておくと、かならず「更新ありがとうございました」というメールが更新後わずかな時間のうちに入っている。すなわち、モイラさんは、朝方まで起きていたことになる。そこで電話では迷惑だろうと、昼前にメールを入れる。すると、あら、またすぐに返信が帰ってくる。

不思議だ! モイラさんは、確かに夜も昼も起きている!

そこで電話で訊いてみた。「モイラさんは、いったいいつ寝てるんのですか?」 その答えはシンプルだった。「そうね、わたしは細切れ睡眠に慣れてるの。ときどきうたた寝しては、また原稿書き、それが長年の習慣よ」−−最低6時間の連続睡眠を身上とするこちらにはとても真似のできない睡眠法。おそれいりました! 外見からは想像もつかないハードワークをこなしているモイラさんの隠れた一面がうかがえました。

Inside Report #001 ------------------------------------------------------

ポプラ社刊(2000年3月)
サイズ:12.5x19.5cm
158ページ
定価: 1,200円(税別)

まずは、この本、必読!

モイラさんと言えば、「近寄りがたい人」、「雲の上にいるような人」、「ほとんど実像がわからない人」などと、非常に遠い存在の人というイメージが強い。しかし、実際にお会いしてみると「なんと気さくな人」、「なんとチャーミングな人」という身近な人のイメージに変わる。

モイラさんらしい面白い話はすでに沢山ある。しかし、それは小出しにしておこう。はじめから断片的なモイラさんの裏話をしたのでは、偏ったモイラ像を創出する恐れがあるからだ。そういう意味から言えば、左の写真の「きっと会えるよ! 新しい自分」という本を読まれるのが、結城モイラを知るうえではまず最適だろう。

この本は、モイラさんの子供時代から思春期、仕事を始めたころまでの実話を紹介しながら、中・高生向けに「勇気を出して明るく生きよう」と呼びかけた自分探しの本であるが、結城モイラの半生を知る上では貴重な著作だ。大人が読んでも、元気がでてくる。

本の表紙カバーの折り返しで、モイラさんは「出会いは私の宝物」と題して、「今、私は、新しい自分に出会ったばかりです。20数年も占いの仕事を続けていた私が、新しい仕事に出会ったのをきっかけに、今まで考えてもみなかった能力やアイディアがわいてくるの。……不思議! 大丈夫! だれにでも、新しい自分に出会えるチャンスはきっとあるはず。いつも夢や希望をもって生きていこうね」と語っている。

2000年3月にポプラ社から出版された本なので、一般書店では取り寄せ注文となるだろうから、次の書籍サイトで購入されることをお勧めしたい。

楽天ブックス
Amzon.co.jp
ヤフー イーエスブックス

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